建築と自由     乾久美子×西田司

JA 80 WINTER 2011


言葉なき世代
――今年を振り返れば、やはりSANAAの活躍は特筆すべきです。プリツカー賞の受賞に
始まり、特に妹島さんは日本人初のヴェネチア・ビエンナーレ第12回国際建築展の総合
ディレクターも務められました。そしてSANAAだけでなく、さらに若い世代の石上純也
さんや藤本壮介さんの活躍も広く注目されました。さて、では彼らのこの活躍と世界での
評価はいったい何を意味するのでしょうか。そのことを、個々の作品の善し悪しではな
く、もっと大きな意味としてどうとらえられるでしょうか。これは考えてみるべき問題だ
と思います。
こうしたSANAAの活躍に対して建築史家の藤森照信さんが、磯崎新さんや伊東豊雄さん
ら少し上の世代と比べて「言葉のない世代」だと述べたことがありました。それは、彼ら
の世代にとって建築を語る言葉自体が不在であることを意味するのか、あるいは建築に
とってそうした言葉がすでに不要となったことを意味するのか……。今日の対談では、そ
の辺りを考える手掛かりが見えてくればと思っています。
さて、まずは最近のSANAAの活躍について、どのようにご覧になっていますか。

乾  今年はオスロの建築学校で教えるチャンスを得たこともあり、数回ヨーロッパに行
く機会があったのですが、行くたびに海外でのSANAAの影響力の大きさを感じました。
例えば、オスロの建築学校にはいろいろな国から学生が集まっていましたが、ほぼ全員が
SANAAの作品集を参考にしながら設計をしているのです。日本の学生は本を読まないと
嘆かれていますが、オスロの学生はそれをはるかに上回っていました。院生でさえ、例え
ばC.アレグザンダーの『パタンランゲージ』などのようなベーシックな建築書の存在を知
らないのです。そうした歴史的文脈から切り離されたところで、おそらく直感的なレベル
でSANAAに共感するという状況が生まれている。つまり、言語や文化の違いを超えて
「わかる」という瞬間がつくり出されているわけなのですが、そうしたことを目の当たり
にすると驚きますね。藤森照信さんによる「言葉のない世代」であることが、ある意味で
プラスな方向で効力を発揮しているわけです。しかも、アイコン性だけを競い合うような
見かけ倒しのものではなく、たいへん高度な建築表現において可能になったことがすごい
ところです。藤本壮介さんや石上純也さんの海外での活躍も、言葉を介さずして「わか
る」瞬間をつくり出しているからこそだと思っています。
面白いのは、その「わかる」という点なのですが、建築的な議論を全員が共有しているわ
けではないと思います。では彼らを賞賛する人々が何を共有しているかというと、「発想
の自由さ」という単純なものかもしれません。建築的な革新性というよりは、そこに自由
な発想が存在しているということにのみ強く反応しているのではないかということです。
建築という最も制約の多そうなジャンルで、極だって制約がなさそうなことをしていると
いうギャップがいろいろな人を驚かせ、楽しませている。

西田  今年の掲載作品を眺めていると、海外プロジェクトがとても多いですね。かつ、
槇文彦さんや坂茂さんの、長い期間をかけた海外プロジェクトが実現した年だったと思い
ます。「ROLEXラーニングセンター」(108~111頁)は、SANAAの哲学がかなり
しっかり形と使われ方に現れていると思います。海外で建築をつくることの難しさや実現
することの価値が語られていた時代から、日本国内でつくることと海外でつくることの
ギャップがなくなってきて、日本でつくるのと同じように、海外でも建築家の建築観を
しっかり表したものがつくれるようになってきたという印象を受けました。そのひとつの
成果が、SANAAのプリツカー賞や石上さんのヴェネチアの金獅子賞だと捉えると、日本
建築の段階がひとつ上がったのかなと希望を持ちます。
それから、一概に規模の問題にすると語弊があるかもしれませんが、今年のラインナップ
を見ていると小さい作品が多いという印象があります。その作家の作家性や哲学が現れた
ものが並んだときに、たまたまだとしても小さいものが多かったというのは、気になりま
す。乾さんの「フラワーショップH」(40~43頁)も環境や都市といった大きなものと
建築を対峙させているにもかかわらず、その建築自体はすごく小さい。その中で建築がど
う社会と向き合うか、都市の中にどう建ち現れるかということが、建築単体としてのサイ
ズを超えて、しっかり表現されていると感じました。

乾  建築の規模の問題は難易度に直結していて、利害関係が複雑な大きいプロジェクト
は実験的な要素を受け付けないものへとますます変化していますね。大きいプロジェクト
と小さい建築との間に埋めようのないギャップが存在している。小さいもの万歳というつ
もりはまったくないんですが、現実問題として、小ささが持ち得る可能性の大きさはあり
がたい。そういった常識から考えると、SANAAの「ROLEXラーニングセンター」はあ
の規模で、あのような自由さを獲得できていることに驚きますし、そして頭があがらない
思いを感じます。

ポスト塚本・西沢世代の使命
西田  規模や大きさについて考えるひとつの手掛かりとして、「TOKYO
METABOLIZING」が挙げられると思います。東京は小さな粒子の集まりで、その新陳
代謝の過程で小さな粒子の隙間にパブリックスペースが生み出されていき、ひいては泡の連
鎖のような面的な広がりを持って都市というものすごく大きなものを更新していく。その
ひとつの小さな粒子の事例として、「森山邸」(新建築0602)や「ハウス&アトリエ・
ワン」(新建築0605)が実現しているわけですが、それは東京でこそ起こり得る現象だ
と指摘しています。
それらの実現から数年を経て、僕らの世代は建築をつくるとき、敷地の中で閉じるのでは
なくどれだけ広がっていけるか、自由さを持てるか、外延部をどれだけ豊かにできるか、
ということが、むしろ当たり前に取り扱うべき前提となっているのかもしれません。山本
理顕さんや北山恒さんがテーゼとして提出し、西沢立衛さんや塚本由晴さんが作品を通し
て実践をしてきたことの先を、今後どう開拓していくかというところに立たされている。
そういう感じがあります。

乾  自分たちの生活、建設という行為、そのふたつがすごく近いものとして存在してい
ることは、東京的な面白さの一側面だと思います。そこをうまく使わない手はないと、ま
さに西田さんもお考えなのではないでしょうか。「ヨコハマアパートメント」(32~35
頁)は、汎用性のある材料を使いながら意図的にラフにつくられていて、Tシャツ的なカ
ジュアルさがあります。あのようないい加減さを自在に操れる感覚というのは、建築とい
うよりは、洋服や雑貨などの日用品によって培われたもののような気がしていて、そうし
た感覚で建築がつくられることに東京的なものを感じます。敷地は実際は横浜ですが、東
京という都市から生まれた建築という感じです。そのように、外延部というものを物理的
なものだけでなく文化的なものまで含めていく考え方は、私たちの世代であれば、塚本さ
ん世代から教えていただいたと認識している人が多いように思います。
さて、その西沢さんや塚本さんからひとつ下の世代の開拓先として、東京以外ということ
があるのではないでしょうか。東京は今のところは放っておいても資本が投入され続け、
動き続けていく都市であるという前提があります。だからこそメタボライジングなわけで
す。しかし資本が投入されない地方都市では、メタボライズという現象を前提とすること
は難しい。西沢大良さんが『新建築』2010年4月号でマスタープランの定義を明解に語
られていて印象的でしたが、その「後からのマスタープラン」のようなものも含めて、地
方をどのように継続させることができるのか、そのあたりの議論や活動を展開する必要が
ありそうです。もちろん地方というものに対して真摯に取り組んでいる建築は多く見受け
られますが、総体として力を持った方向性のようなものが見えてこない状況を感じます。

脱東京?
西田  その糸口になるかもしれないひとつの可能性として、studio-Lの山崎亮さんの活
動があげられると思います。彼は元々ランドスケープアーキテクトですが、出来事や人の
関わりから、通常は建築と呼ばないものも建築として扱ってしまうような、新しいタイプ
のファシリテーターです。自分でデザインすることに執着せず、いろいろな人を巻き込ん
で建築というカテゴリーをぐんぐん押し広げるようにプロジェクトをドライブしていって
しまう。かたい頭では、到底できないことです(笑)。山崎さんは「使い方を発明した
い」とおっしゃっています。人と人、あるいは人と場所が関係を持つときに、彼はそこで
起こるコミュニケーションをある見える「かたち」、みんなが豊かだと了解できる「か
たち」に変換していくのです。そのとき、そこに関わる人たちが主体的に考えていったこと
を重ね合わせた結果としての「かたち」は、建物が必要であれば「物理的なかたち」だけ
れど、場合によっては、一年に一回お祭をやろうというような「仕組みのかたち」であっ
たりもする。つまり、ある問題があるとき、解決すべき問題さえ解決されれば「かたち」
の種類は問わないという立ち位置ですね。僕は、そこにある種、とてもフェアな姿勢を感
じます。実践的な研究や社会実験のようなプロジェクトでは、最終的に建物に落ちないこ
ともありますが、僕自身もそれでいいと素直に感じる局面があります。建築と呼ばれるも
のはどんなものなのか。建築家と呼ばれる僕らはどこまで取り扱うべきなのか。そんな判
断を迫られているようで、だからこそ、いま目指すべき建築はどんなものか、その都度
しっかり考えていかなきゃいけないなと感じます。

乾  
資本を投入してハードをつくるのではなく、知恵を投入してコミュニケーションを
デザインしていく。それは地方においてたいへん有効な方法だと思います。しかし、地方
の問題を考えなければと言っているわりに、そういう真面目な活動をフォローできていな
い自分がいます(苦笑)。なぜフォローできないのか。その理由は、やっぱり建築として
訴えてくるものになっていない、と感じているからです。建築をつくる以前の問題からス
タートし、まず必要とされるバックグラウンドをつくり、それから建築のことを考える。
そのこと自体は素晴らしい。私もいつかそうしたことを引き受けなければならないのでは
ないかと思っているんですが、それはそれとして、やはり最終的に建築が大きな感動と共
に建ち現れてこなくてはいけないと思っています。つまり、ワークショップ的な活動は、
まだまだ建築と乖離しているような気がしていて。これをなんとか繋げる方法論はないも
のでしょうか。

西田  そういう意味では、ワークショップ系ではないですが、妹島さんの犬島「家プロ
ジェクト」(56~59頁)は、注目すべき作品です。具体的な周辺の環境を読み込んだ上
で、ともするとその場の問題解決や提案にとどまってしまいそうな中、抽象的な普遍性を
どう獲得するかを真摯に考えたひとつの実例だと感じますし、だからこそ、ある潔い迫力
を持って現れています。今やっと社会の中に、このような建築の建ち方があるということ
が実作として認知されてきたとすると、今後はますますこうした建築的回答を求められる
ようになるのではないでしょうか。

建築の外延部を発動させよ
乾  「犬島」の面白さは、ひとりの建築家が、集落の中に複数の建築を手掛けたところ
にあると思います。槇さんの「ヒルサイドテラス」(新建築6912)に通じていると言え
ますが、「ヒルサイドテラス」が集落的様相を新しくつくり出していったことと対照的
に、「犬島」では既存の集落の中に浸透していくようにつくられている。意識的につくら
れた「犬島」のあのたたずまいが表しているのは、集落に浸透しつつも、集落の意味その
ものを一気に反転させてしまうような建築のあり方です。集落の風景という、ふだん外延
的に感じてしまう対象へと非常にうまくアクセスしている例だと思います。
ちなみに2009年のイヤーブックで取り上げていただいた「スモールハウスH」(新建築
0912)でも、あのような田舎的な風景を取り扱いました。なにか、ふだん建築では無視
されてしまうようなささやかなものを計画の中に取り込みたいと思い、農家の裏庭のとり
とめのない風景を使えるものへと転化する方法論を探ったのです。とても小さな建築の一
粒が大きな価値を転換できる可能性を考えてみたわけです。

西田  外延部は、規模が小さいほうが内と外のヒエラルキーなく扱いやすいし、敷地の
中に生まれる余剰空間のスケールも相対的に大きくとれますが、規模が大きくなってくる
と外延部として扱える部分が割合としてはどんどん少なくなって、外に対する実感も弱く
なってくる。そうしたときに乾さんが考えておられる戦略はありますか?

乾  おっしゃるとおりで、規模の大きい建物になると内部に構造や組織を持つようにな
り、その問題がより大きなウェイトをもって迫ってきます。すると外延部どころではなく
なってしまうわけですね。
「フラワーショップH」は、小さな建物ですが視点が複数あります。公園の木々と共に見
る視点、向かい合う「日本生命日比谷ビル」(新建築6401 設計 村野藤吾)周辺の劇場
街と共に見る視点、霞ヶ関と共に見る視点など、建物がどうあるべきかを考える視点の半
径の種類を複数持たせたのですが、それにより建物が多様で豊かに見える可能性があるこ
とがわかりました。例えば、そうした方法論が、規模が大きくなったときに使えるのかも
しれません。
今、設計している共愛学園の校舎はそれなりに大きく、内部に組織が要請される規模の建
築です。そうした建築を外にどう開くことができるのかは、今、まさに課題として取り組
んでいるところです。
ところで北山さんの「祐天寺の連結住棟」(76~79頁)は、都市的な構造を縮小コピー
したようなかたちをしており、隙間を空けて建てることで、建築の内側を外へと開いてい
く可能性を突き詰めておられると思います。塊として周囲から孤立して建つ建築は、いく
ら内部の組織が精密であったとしても、なにか魅力に欠けてみえる。そのような気分が一
般的に共有されつつあるように思います。物理的に分割していくことの可能性は、今後ま
すます多くの人が試していくのではないでしょうか。それは同一敷地内で分割する方法も
あるだろうし、「ヒルサイドテラス」や「犬島」のように複数の敷地に複数つくるという
ことかもしれない。いずれにせよ、建築と街との関係性を物理的に変えていくことは有効
だと思います。

建築の知をどう生かすか
西田  小さい建物に分割したり、小さい建物で社会へと繋がる哲学を実現しようとした
ときに重要なのは、建物の小ささが拘束ではなく、体験する側にとってのある解放であっ
たり、自由さでなければならないということです。大きさに関わらず、小さくても大きく
ても体験する側がまずは豊かだと、その建築は感動的だと、実感できるようにつくるとい
うことは、絶対条件としてあり続けるでしょう。「言葉のない世代」と一括りにされた世
代、さらにその下の名前もない僕らの世代(笑)がつくる建築のありようは、普遍的にみ
んなが実感できる素直さ、気軽さの中で示せる気が最近しています。
「ヨコハマアパートメント」では、ある行為をしている人と、別の行為をしている人が同
じ場所にどう共存できるかということを考えていました。同時多発している、ある雑多さ
の中に、楽しさが見出せるような状況を建築でつくれないものかな、と。
パブリックという概念はプライバシーという概念を内在させていると思うんです。言い換
えれば、それぞれの行為が独立していながら同じ空間にいることができるということがパ
ブリックなんじゃないか、ということです。かつてはパブリック=求心力だったので、建
築の型はスタンドアローンでよかったのかもしれませんが、現代のパブリックは、いくつ
もの小さな中心がなんとなく重なり合ったところににじみ出てくるものという感覚があり
ます。そうしたパブリック=集合に対する新しい空間感覚と建物の外延部は、何を介して
つながっていくのか、また、それを育て上げていくようなファシリテーションとは何かと
いうことを、建築の生成と同時に建築家が自分の取り扱うべき問題として考えていくこと
が必要なのだと感じています。自分以外の他者が起こした出来事にたまたま遭遇するとい
う、街のような不確かさを、自由さ豊かさとして、建築でも連続して経験できるというこ
とが、「ヨコハマアパートメント」で今なお目指している都市生活のあり方です。そうい
うありようを、規模が大きくなってもやってみたいと思っています。

乾  建築的な知をどこに生かすのかという問題なのでしょうね。例えば、建築的な知性
を生かしてワークショップなどが開催されたとする。それが一時的に盛り上がりをみせる
こともあるでしょう。しかし私が気になるのは、そうした運動が最終的にしぼんでいくこ
とです。しかし、例えば、その運動を受けとめ、可視化させた存在としての建築があれ
ば、話は違ってくるのかもしれません。その例として「ヨコハマアパートメント」は重要
なモデルを指し示しているような気がします。オンデザインというファシリテーターが不
在になった時にでも、あの強い形式を持つ半外部空間が残る限り、そこでの運動や文化が
継承されそうな気がしてくるからです。ワークショップやコミュニケーションデザインな
ど出来事というものと建築とがうまく架橋され始めている、そんなことを感じさせる建
築だと思います。
大胆な建築のかたちが人を惹き付けてやまない魅力をもっている、そんなあり方が、建
築が建築の中に閉じてしまわないで、外延部へと架橋していくために有効なのかもしれませ
ん。そして、そうしたかたちが建築の使われ方を定着していってくれるような、そういう
ものを私たちはますます真摯に考えていかなくてはならないと思います。